東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)255号 判決 1974年9月30日
原告 医療法人巻石堂病院
被告 松戸税務署長 外一名
訴訟代理人前蔵正七 外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 本件処分の経緯
請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。
二 本件決定についての違法事由の存否
1 本件決定の理由附記の適否
(一) 旧相続税法三六条一項は、税務署長が相続税額又は贈与税額を更正し、又は決定した場合には、その理由を附記した書面によりこれを納税義務者に通知する旨定めているが、その附記すべき理由の程度は、右理由附記を命じた法の趣旨及び行政処分の性質に照らすと、青色申告書にかかる更正の理由附記の場合とは異なり、当該処分がどのような理由でされたかを被処分者において知り得る程度のもので足りると解すべきである。思うに、青色申告書にかかる更正の場合に理由附記が要求されるのは、青色申告書の提出は、政府の承認をうけた法定の帳簿書類を備え付け、申告にかかる所得の計算が右の帳簿書類の正当な記載に基づくものであることが制度上担保されていることにより、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障しているのであるから、その更正通知書に附記すべき理由も、帳簿との関連においていかなる具体的根拠に基づいて更正するかを明らかにする程度のものでなければならないのであるが、これに対し、相続税又は贈与税の場合は、右のように申告にかかる課税標準の計算が法定の帳簿書類の正当な記載に基づくものであることを担保し得る制度があるわけではなく、しかも、更正のみならず無申告の場合の決定の通知書にも理由附記を要求しているのであるから、青色申告書にかかる更正の場合と同程度の理由附記を要すると解するのは相当でなく、相続税又は贈与税にかかる更正又は決定の通知書に理由附記を命じた法の趣旨が、一般行政処分における理由告知の場合と同じく、行政庁の恣意を抑制するとともに被処分者の不服申立てに便宜を与えることにあることにかんがみ、被処分者が当該処分がどのような理由でされたかを了知し得る程度で足りるものと解すべきであるからである。
(二) そこで、本件決定についてこれをみると、
本件決定の通知書には「相続税法第六六条四項により申告義務があるにもかかわらず申告がないので決定する。」と理由が記載されていたことは当事者間に争いがないところ、右附記理由は、原告が相続税法六六条四項に基づき納税義務を負つていること、原告が右の申告義務を履行していないこと並びに被告税務署長が右理由により本件決定をしたことを明らかにしているから、これによつて旧相続税法三六条一項所定の理由附記の要件を充足しているものというべきである。
2 審査決定の遅延による本件決定の失効の有無
原告は、審査決定が著しく遅延したときは、審査庁が原処分庁の徴税の意思を軽視し、その徴税の意思を放棄したものとして原処分自体が失効する旨主張するが、本件審査決定が遅延したからといつて、同決定が直ちに違法になるとはいえないことは後記三の3の判示のとおりであり、まして、そのために、原処分庁の徴税の意思を放棄したと解さなければならない根拠はないうえ、全く別個の処分である原処分、すなわち本件決定までが違法になると解すべき合理的理由もないことはいうまでもない。
3 相続税法六六条四項の違憲性の有無
(一) 相続税法六六条四項の趣旨
相続法六六条四項の趣旨は、公益を目的とする事業を行う法人(以下「公益事業法人」という。)を設立するための財産の提供があり、又は公益事業法人に財産の贈与若しくは遺贈があつたときに、その財産の提供者、贈与者又は遺贈者の同族関係者が当該法人を私的に支配して、その提供等にかかる財産の使用・収益を事業上享受し、あるいは当該財産が最終的にこれらの者に帰属することになるような状況にある場合には、実質的には前記の同族関係者等が当該財産を取得したのと同様な状態にあるのにかかわらず、これらの者には相続税又は贈与税が課されないことになるが、そのうえ当該法人も個人でないためこれに対しても課税が行われないとするならば、相続税又は贈与税の負担に著しく不公平な結果をもたらすことになるので、このような同族関係者等の相続税又は贈与税の負担の回避を防止するため、右のような場合には、当該法人を個人とみなして、財産の提供等があつた時点において、当該法人に対して相続税又は贈与税を課することとしたものであるということができる。
(二) 憲法八四条の趣旨
ところで、日本国憲法八四条は、いわゆる租税法律主義の原則を宣明しているところ、同原則の趣旨は、課税要件を法定することにより行政庁の恣意的な徴税を排除し、国民の財産的利益が侵害されないようにすることにあるのであつて、その趣旨からすれば、課税要件については、とくに実定法のうえで明確に規定されていることが要請されるのであるが、他方、税法の対象とする国民の経済生活上の現象は、千差万別であるうえ、生成・変化しているのであるから、税法においては、既定の法概念にとらわれず、社会経済現象の実態に即応する用語を使用することも避けられない。そして、税法といえども、その法解釈によつて規定の意味内容を明らかにすることが許されるのは当然であつて、当該用語の合理的な法解釈によつてその規定の意味内容が客観的に認識できる場合には、その課税要件が不明確であるとはいえないから、そのような法規も租税法律主義に反しないものと解するのが相当である。
(三) 相続税法六六条四項の「公益を目的とする事業を行う法人」なる用語の明確性
そこで、まず、前記(二)の観点から右条項の「公益を目的とする事業を行う法人」という用語について検討する。なるほど、右用語は実定法上必ずしも一般化されたものではなく、右概念を類型的に把握することは困難であるが、「公益」及び「法人」の概念は私法上の解釈に依拠すればその意味内容は明確であるから、前記用語の内容はおのずから一定の限界を画し得るばかりでなく、同条項は「その他公益を目的とする事業を行う法人」と規定していて、その例示として旧法人税法五条一項一号又は三号所定の法人を掲げているから、前記用語の意味する法人がこれらの法人と類似する法人であることが明らかである。したがつて、右用語は、以上の各点及び同法条の前記(一)の趣旨・目的に照らして解釈することによつて、その意味内容を客観的に認識し得るものということができ、租税法律主義に反するものではない。
(四) 同条項所定の、同族関係者の相続税等の「負担が不当に減少する結果となると認められる場合」なる用語の明確性相続税法六六条四項が租税回避を防止するための規定であることは前記(一)のとおりであるところ、公益事業法人に対する財産の提供、贈与等によるその提供者、贈与者等又はその同族関係者の相続税又は贈与税の回避行為の態様は多種多様であるから、同条項の趣旨・目的を達成するためには右のような用語を用いることも止むを得ないのであるが、右条項に該当するか否かの判断は、原告主張のように、税務官庁の裁量に委ねられるものではなく、当該法人と財産提供者等又は同族関係者との関係、当該法人の経理及び財産の運用・管理の実態等に照らし、経験則に従つて合理的かつ客観的に行うべきであり、かつ、そのように行い得るということができる。したがつて、右用語も適用上明確性に欠けるところはなく、租税法律主義に反するものとはいえない。
よつて、この点に関する原告の主張は、いずれも理由がない、
4 相続税法六六条四項の医療法人に対する適用の可否
(一) まず、医療法人が同条項所定の「公益を目的とする事業を行う法人」に該当するか否かについて検討する。
(1) 相続税法六六条四項所定の「公益を目的とする事業を行う法人」とは、その例示として、日本赤十字社、商工会議所、民法三四条の規定により設立した法人、社会福祉法人、宗教法人、私立学校法六四条四項の規定により設立した法人及び労働組合等、要するに、民法上のいわゆる公益法人と特別法により設立された公益的法人を掲げていることにかんがみると、これらの法人の行う事業がいずれも公益性を有する点に着目して設けた法人の包括概念であると解すべきである。
原告は、この点について、労働組合等は公益性を有するものではないと主張するが、労働組合等の行う事業は、労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上という労働者共通の利益のために行われるものであるから、このような事業も一種の公益を目的とするものということができ、原告の主張は失当である。
(2) ところで、医療法人は病院又は診療所を開設・経営して医療事業を行うことを主たる目的とするものであるところ、そもそも医療事業は、国民の健康保持のために不可欠なもので、その業務は、直接国民の生命の保全、身心の健康等公衆衛生に深いかかわりをもつものであつて、事の性質上利益の追求を第一目的とするものではないことは明らかであるから、その事業は公益性を有する事業ということができる。ところが、すべての国民に必要な医療を確保するには、公的医療機関のみならず、民間医療機関の整備・充実が図られなければならないところ、個人経営の病院等については、施設の建設・改善のための資金調達面で困難を伴ううえ、開業医の死亡により医療事業の継続に支障をきたすこともあるので、資金の集積を容易化するとともに、事業の永続性を確保するため、これらの病院等に法人格を与える必要があつた。そこで、医療事業に法人格を付与するに当たり、これを商法上の会社とすることは医療の非営利性に照らして望ましいものではなく(旧医療法七条二項)、他方、あらゆる病院が民法三四条による公益法人の資格を取得することも期得し難いので、医療事業について特別法たる医療法による医療法人の制度が設けられたものと解される。医療法が、医療法人は社団又は財団の形態をとるものとし(三九条)、剰余金配当の禁止(五四条)、その他経理面(五一条、六三条)、組織面等(四四条、四五条、五五ないし五七条、六四条、六六条)において種々の法的規制を加えているのも、その趣旨の一半は医療法人の公益性を確保し、その営利企業化を防止することにあるというべきである。
したがつて、医療法人は、営利法人でないことは明らかであり、また公益法人そのものでもないが、むしろ、両者の中間的存在として、公益を目的とする事業を行う法人に該当するものということができる。
(3) 原告は、医療法人が財団又は社団の形式をとつたのは、資金の蒐集・事業の永続性の確保という医療法人制度制定の沿革に由来するものであつて、医療事業の公益性によるものではない旨主張するが、医療法人が原告主張の右目的を達成するには法人格を取得すれば足りるのであつて、法人格の取得と事業の営利性・公益性とはもともと関係のない事柄である。もつとも、医療法人がその事業により収益をあげることは可能であり、医療事業が収益事業と認められることもあり得る(法人税法施行規則一条の三第一項三〇号)が、公益法人等も収益事業を営むことができ(旧法人税法五条一項)、そのこと自体なんら公益性と矛盾するものではないから、医療法人が収益事業を営むことをもつて直ちに医療事業を営利事業ということはできない。
また、原告は、個人の医療事業については、相続税法上公益を目的とする事業でないとして旧相続税法一二条一項三号、二一条の三第一項三号の非課税財産の規定の適用はなく、所得税法上もこれを営利事業としているので、これが法人形態に変わることにより法律上公益性を付与されることはあり得ないうえ、法人税法も医療法人を営利法人と同様に扱つているから、これを相続税法上公益法人類似の法人とすることは、租税体系上の矛盾であつて許されないと主張する。
しかし、医療事業が公益性を帯びていて、本来非営利的性質を有する事業であることは、前記(二)のとおりであつて、医療事業を営む者は旧相続税法一二条一項三号、二一条の三第一項三号所定の「公益を目的とする事業を行う者」に該当するものというべきであるが、非課税の取扱いを受けることができないのは、これらの条項の定める政令の要件を充たすことができないからにほかならず、相続税法上、医療事業が「公益を目的とする事業」に該当しないからではない。また、旧所得税法九条は医療事業から生ずる所得を事業所得として規定しているが、同法上の事業所得は、商業、工業、農業、水産業、医業、著述業等の一定の事業から生ずる所得をいうのであつて、同法上事業所得として規定されていることをもつて、直ちに医療事業が営利事業であるとすることができないのはいうまでもない。更に、公益を目的とする事業を行う法人が収益事業を行うことがなんら右法人の公益性と矛盾するものではないことは、既に述べたとおりであるところ、医療法人は、法人税法上非課税法人、公益法人等以外の一般の法人として、課税上営利法人と同様の取扱いを受けているが、それは専ら医療法人が収益事業を営むからにほかならず、医療法人が営利法人たる性質を有するからではない。よつて、原告のこの点に関する主張も理由がない。
(4) したがつて、医療法人は相続税法六六条三項所定の「公益を目的とする事業を行う法人」に該当しないとの原告の主張は採用するに由ない。
(二) 次に、医療法人に対する財産の提供、贈与等については、相続法六六条四項所定の財産の提供者、贈与者等の同族関係者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるということはあり得ないか否かについて考察する。
(1) 相続税法六六条四項は、前記3の(一)の趣旨からすれば、出資持分の定めのある法人については、財産の提供、贈与等の後も持分の移転の際に相続税又は贈与税を課し得るから、その適用の余地はないが、これに対し、財団形態の医療法人のように出資持分の定めのない法人については、前記3の(一)のとおり、当該法人に対する財産の提供、贈与等の後もその財産の提供者、贈与者等又はその同族関係者がこれを取得したのと同様な状態にあるのにかかわらず、相続税又は贈与税を課されないこととなり、これらの者の相続税、贈与税の負担が不当に減少する結果となる場合もあり得るというべきである。
そして、同条項の規定のように、同族関係者らの相続税、贈与税の負担が不当に減少する結果となるか否かは、財産の提供、贈与等の時点において当該法人の定款若しくは寄附行為の定め、役員の構成、財産管理の状況等に照らして、財産の提供等のない場合に比し同族関係者らの相続税又は贈与税の負担が不当に軽減する結果となるといい得れば足りるのであつて、原告主張のように、結果的にいかなる者にどれ程の相続税等の負担の減少をきたしたかを確定する必要はないものと解するのが相当である。
(2) ところで、原告は、医療法人制度の立法趣旨は、相続税又は贈与税を課さないことによつて医療事業の永続性を図るものであると主張する。しかし、医療法人制度の一つの目的が医療事業の永続性の確保にあるからといつて、そのために医療法人に対してはいかなる場合にも相続税又は贈与税を課さないこととしたものと解することはできない。けだし、仮にいかなる医療法人に対しても相続税又は贈与税を課し得ないとするならば、個人の開業医は、医療事業の実態はそのままにしながら法人格を取得することによつて容易に相続税を免脱することができ、租税負担の公平を著しく害することになるからである。
また、原告は、医療法人が取得する財産は旧相続税法一二条一項三号又は二一条の三第一項三号に当たるから相続税又は贈与税を課し得ない旨主張する。しかし、右の各条項は、「公益を目的とする事業を行う者で政令で定めるもの」が当該公益を目的とする事業の用に供することが確実な財産に限り非課税にしているところ、右政令に当たる同法施行令二条及び四条の三は、前記法条の趣旨に則り慈善、学術、宗教等社会通念上およそ収益の余地がないような事業、すなわち、もつぱら公益の事業を行う者がその公益を目的とする事業の用に供する財産に限つて非課税財産とする旨を定めている。とすれば、医療法人の事業は、社会通念上も現実にも収益事業を含んでいるのであるから、その事業の用に供する財産が右規定上の非課税財産に該当しないことは明らかというべきである。
(3) よつて、医療法人に対する財産の提供、贈与等により贈与者等の同族関係者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少することはあり得ないとの原告の主張は、採用することはできない。
5 課税の対象及び適用法条を誤つた違法の有無
原告は、被告税務署長は原告の解散時における残余財産の帰属について特定の者に特別の利益を与える可能性、同原告の施設の利用について特定の者に特別の利益を与えていることなどを処分理由として主張しているから、これによれば相続税法六五条を適用すべきこととなり、同法六六条四項を適用してした本件決定は違法であると主張する。しかし、同法六五条は、このような場合について明文で「第六六条第四項の規定の適用がある場合を除く外」適用される旨を定めているから、後者が前者に優先して適用されるべきことは明らかであつて、原告の右主張は失当というほかない。
6 相続税法六六条四項の適用による信義則違反等の有無更に、医療法人に対して相続税法六六条四項を適用するのが、原告主張のように、政府当局者等の言動に照らして信義則又は禁反言の原則に反するか否かについて検討する。<証拠省略>によると、医療法人制度を創設するための医療法の一部を改正する法律案が審議された第七回国会厚生常任委員会において、政府委員たる厚生省医務局次長が、右法律案提出の根本目的は、病院建設促進のための資金の集積を容易ならしめること及び病院の永続性を確保することにあるが、後者の目的は、個人開設の病院について、その病院長が年輩になり後継者に病院を承継させる場合に多額の相続税を課されるために病院経営を継続し得ないことが起つている実情であるので、かかる場合にも医療法人に組織替えしておくことによりそのような問題を解決することも目指している旨、提案理由を説明していることが認められるが、右説明は、当時の相続税法の下では、法人の財産について、出資者等の死亡による相続税の課税の余地がないから、結果的に医療法人に対しても相続税の問題は起らないとの趣旨を明らかにしたものに過ぎず、これをもつて、医療法人制度が相続税等の負担を免れるために利用されることまで政府において是認したものとはとうてい解されない。
原告は、政府が県知事を通じて医療法人の寄附者らに対し医療法人を設立するよう強力な行政指導をした旨主張し、原告代表者尋問の結果中には、右主張に符合する供述があるが、これらの当局者の指導・勧奨の趣旨は、結局、前認定の第七回国会厚生常任委員会における政府委員の説明と同趣旨に出たものであつて、もとより、その後、医療法人制度が相続税等の免脱のために利用される事態を生じても、医療法人に対する相続税等の課税を許容するような法改正はいつさい行わないことまでも保障したものでないことは自明の理であつて、当時、右のような当局者の指導があつたことを根拠として、その後、相続税法六六条四項のごとき法律を制定すること及び同法条に基づいて課税処分を行うことが信義に反するということはできない。
よつて、医療法人に対し相続税法六六条四項を適用するのは信義則ないし禁反言の原則に反するとの原告の主張も失当というほかない。
7 相続税法六六条四項の原告に対する適用の可否
(一) 役員の構成
原告の設立当時及びその後の役員の構成が別表のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これによると、理事一〇名(後に一一名。役員一一名、後に一二名)中六名(後に七名)が芳野道一又はその同族関係者によつて占められていたことが明らかである。
また、<証拠省略>によると、右理事のうち、大越、斉藤、小田山、渡辺の四名は、全く名目的な存在で、理事会の招集を受けたことも同会に出席しこともなく、したがつて、原告の経営とか決算に関与したことはなく、議事録や決算書を承認はおろか見たことすらなかつたことが認められ、右認定に沿わない原告代表者尋問の結果は、前掲証拠及び弁論の全趣旨に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠もない。
更に、<証拠省略>によると、理事会の議決は、原則として出席役員の過半数により、可否同数のときは、議長(理事長)の決するところによる旨寄附行為により定められていることが認められる。
したがつて、原告の運営は、芳野道一及びその同族関係者の意向に沿つて行われるおそれが十分にあつたということができる。
(二) 残余財産の処分に関する寄附行為の規定
原告の設立当初の寄附行為が、原告の解散時の残余財産は理事総数の三分の二以上の同意を得、かつ、主務官庁の認可を得て、国若しくは地方公共団体又は本財団と同種の目的をもつ他の医療法人に寄附する旨規定していたことは、当事者間に争いがないところ、<証拠省略>によると、設立後まもない昭和二九年三月に至り、右規定は、「解散したときの残余財産は、理事総数の三分の二以上の同意を得且つ主務官庁の認可を得て処分するものとする。」と変更されたことが認められ、変更後の規定では、残余財産の処分先を国若しくは地方公共団体又は他の医療法人に制限していた規定部分が削除されている。
したがつて、前記理事の構成からみて、原告の残余財産が最終的に芳野道一又はその同族関係者に帰属することになる蓋然性が高いということができる。
(三) 経理及び財産管理の実状
(1) <証拠省略>を総合すると、原告に提供されるべき財産は、本来積極財産に限られていたが、設立時の貸借対照表には芳野道一個人の未払金債務や租税債務が含まれていて、これらも原告が引き継いだことが認められる。
また、<証拠省略>によると、原告は昭和三〇年四月から同三一年三月までの事業年度の法人税の申告において芳野道一個人の市民税を損金に計上し、また、同三六年四月から同三七年三月までの事業年度の法人税の申告においても同人の固定資産税を損金に計上したため、いずれも被告税務署長に否認されたことが認められる。
(2) <証拠省略>によると、芳野道一の妻さと(当時五〇才位)及び三女博子は、原告設立当時各三万円の月給の支払いを受けていたことが認めらるところ、原告代表者尋問の結果によると、さとは原告の賄関係を担当し、栄養士の資格のある博子は賄の献立を作成していたが、当時給食の必要な患者は月間二名ないし五名程度に過ぎなかつたこと、当時の一般の賄婦等の給与は約八〇〇〇円ないし一万三〇〇〇円であつたことが認められる(<証拠省略>のうち、同女らの労力の提供がなかつたとする記載部分は採用できない。)から、同女らに対する前記給与はその労働量等に照らして不当に高額であつたということができる。
(3) <証拠省略>を総合すると、原告は昭和三三年四月から同三四年三月までの事業年度の法人税の申告について、被告税務署長により、賄費のうち原告分と芳野道一個人の分との区分が不明瞭であるとしてその一部を否認され、また、同年度及び昭和三六年四月から同年三七年三月までの事業年度の法人税の申告について、芳野道一個人の家事にも従事していた原告の賄婦鈴木きのの給与の一部が被告税務署長により否認されたことか認められる。
(4) 芳野道一らから原告に提供された不動産の登記簿上の所有名義が、相当期間原告に移転されなかつたことは当事者間に争いがなく、原告代表者尋問の結果によると、右所有名義は昭和三八年に至つてようやく原告に移転されたが、このように名義の変更が遅れたことについて特別の理由があるわけでもないことが認められる。
(5) <証拠省略>によると(一部争いのない事実を含む。)、芳野道一とその家族は昭和三〇年四月から同一三年三月までの間原告に提供した病院建物に無償で居住していたことが認められるところ、<証拠省略>によると、芳野道一は当時同病院で当直医を担当していたが、とくにその手当の支給を受けてはいなかつたこと、しかし、右手当分と前記建物居住の賃料分とを明確に相殺勘定にしていたわけでもないことが認められる。
以上の(1) ないし(5) の事実からすると、原告の経理及び財産管理は、芳野道一又はその同族関係者のそれと実質上明瞭には区別されておらず、同人らはこれによつて特別の利益を受けていたものということができる。
(四) 以上の(一)ないし(三)の各事実を総合すると、原告は、医療法人となつた後も、その経営の実態は芳野道一の個人開業医時代のそれと実質的に異なるところはなく、財産の提供者たる同人又はその同族関係者によつて私的に支配され、その財産の使用・収益は事実上同人らによつて享受され、その残余財産も最終的には同人らに帰属するおそれが十分あるため、右同族関係者らの相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となるものと認めることができる。したがつて、この点に関する原告の主張も採用するに由ない。
三 本件審査決定についての違法事由の存否
1 決定通知書の理由附記の適否
旧相続税法四五条五項が審査決定の通知書に理由附記を要求する趣旨は、請求人の不服の事由に対する判断を明確にすることにあるから、附記理由は、不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにするものでなければならないと解すべきところ、<証拠省略>によると、】本件審査決定には別紙「審査決定の理由」の記載のとおりの理由1ないし3が附記されていることが認められ、右附記理由は、請求人の三つの不服の事由について個別的に法律上又は事実上の根拠を掲げて、その請求に理由がないとの結論に至つた過程を明示しているから、本件審査決定の理由附記にはなんら不備はないものというべきである。したがつて、原告の右主張は失当というほかない。
2 協議団の協議の理由の有無
(一) <証拠省略>によると、本件審査請求については、所轄の東京国税局協議団千葉支部の合議体において、昭和三三年ころ原処分取消相当の協議決定(以下「第一次協議決定」という。)をしてこれを同協議団本部長に報告したところ、同本部長は右協議決定に重大な誤認があるとしてこれを前記千葉支部に差し戻したので、同支部の合議体において再度協議した結果、昭和四四年三月審査請求棄却の協議決定(以下「第二次協議決定」という。)をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして本件審査決定が右の第二次協議決定を経て行われたことは、当事者間に争いがない。
(二) ところで、原告は、被告国税局長が第一次協議決定と異なる本件審査決定をしたことは違法である旨主張する。しかし、旧相続税法四五条七項が単に「協議団の協議を経なければならない。」と規定しているにとどまること(国税通則法八三条一項参照)及び協議団が国税庁及び国税局の附属機関であつて、行政庁の意思決定に参与するに過ぎない性格のものであることなどにかんがみると、協議団の協議の結果の報告を受けた国税局長は、審査決定に当たり、右協議結果を尊重すべきではあるが、これに法律上拘束されることはないものと解すべきである。よつて、原告の右主張は理由がない。
(三) また、原告は、国税局長が協議決定どおり審査決定を行い得ない特別の理由があるときは、国税庁長官通達に従い、審査決定前に本部長の意見を聴取し、かつ、国税庁長官に上申すべきであるのに、被告国税局長はかかる手続を経ていないから、違法であると主張するが、右のような通達に定める手続は、単に行政庁内部における事務上の準則として定められているに過ぎず、法律上必要な手続ではないのみならず、第一次協議決定の報告書は協議団本部から差し戻され、被告国税局長まで提出されるに至らなかつたことは前記(一)の認定のとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き失当というほかない。
3 審査決定の遅延による違法の有無
原告は、本件審査決定が著しく遅延してされたものであるから違法である旨主張する。
もとより、審査請求がされた場合には審査庁はすみやかになんらかの決定をすべきは当然であるが、審査庁が正当な理由もなく長期間決定をしないで放置している場合に、請求人が不作為の違法確認の訴えや損害賠償請求によつてその救済を求め、あるいは審査決定を経ないで訴訟を提起し得るのは格別、法規上、審査決定をすべき期間が制限され右期間経過後にはこれを行い得ない旨の定めがない場合にまで、決定が審査請求後長期間経過した後にされたというだけの理由で直ちに当該決定が違法となると解することは、その実益もなく相当でない。
そして、旧相続税法等は、審査決定の期間についてなんら規定していないから、本件審査決定が長年月を経た後にされたからといつて、それだけで当然に右決定が違法であると断ずることはできない。
なお、原告は、旧相続税法四七条一項又は更正・決定の除斥期間に関する規定をもつて、審査決定を適法に行いうる期間を類推すべき旨主張するが、独自の見解であつて採用できない。
四 結論
以上判示のとおり、本件決定及び本件審査決定には原告主張の違法はないから、その取消しを求める原告の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)
別表及び別紙<省略>